質屋の受難

質屋は、700年の歴史の中で、着実のその存在を広めてきましたが、その道のりは決して平たんではありませんでした。

まず、「高利貸し」「悪徳」のイメージが付きまとい、実際に権力者として力をふるっていた時代もあったので、様々な歴史の節目で、粛清の憂き目にあったのも仕方がないことだったのかもしれません。

【土一揆】

農民などの団体が一致団結して反乱を起こすこと。

質屋が襲撃された土一揆で有名なのは、1428年に近江国(現在の滋賀県)でおこった正長の土一揆(しょうちょうのどいっき)です。

この一揆は、まさに質屋を営んでいる「酒屋」や「土倉」をターゲットにしたもので、農民らは、徳政令(借金の帳消し令)を出すように幕府に要求しました。

酒屋や土倉は、質蔵打ちこわしなどで借金証文や質草を奪われました。

【幕府による借金棒引き】

幕府は、敵を撃退した御家人に恩賞を与えらず(外来の敵なので獲得した土地などがなかった)、徳政令を出して借金を帳消しにすることで恩賞に変えました。

これが、1297年の「永仁の徳政令」です。

しかし、これで苦しめられた質屋は、これ以降御家人に融資をしなくなり、結局は、鎌倉幕府崩壊の原因になりました。